2024-09-01

記憶の蓋が開く時

待ち合わせは最寄りから1時間電車に乗った駅近くのコンビニ前だった。そこにもうおじさんは立っていた。

私は持っている洋服の中で一番かわいいスカートとコートを選んで着ていた。服装は事前に伝えていたから私が到着したらすぐに気付いてもらえた。
さっきまで泣いてた自分が嘘のような笑顔で「こんにちは!」と、おじさんに挨拶をした。
おじさんは「あいちゃんだね、お菓子買おうか」と、
言いながらコンビニに入った。
それ以外の会話は特になく、私はおじさんの後ろを着いて行った。

『この人が経験もない私なんかに2万円渡してくれる人。現実にそんな人本当にいるんだ!きっとこの人は優しい人なんだ』って、自分自身に無理やり思い込ませた。

「好きなの入れていいよ」
カゴを持ったおじさんが私に掛けてくれた言葉。
おじさんは全く笑ってなかったけど、優しい口調で静かにそう言ってくれた。
そんなこと親に言われたことないし、今日が怖かったのに、その瞬間はピタっとなくなり感情が嬉しいで満たされた。

『好きなもの買ってくれる人っているんだ!!』
普段からコンビ二でお金足りるか値段気にながらお腹に溜まりそうなものだけを買うのに、今日はしなくていいんだ。
ずっとそうなりたかった。
お金のこと気にしないで過ごしてる自分に。だから、おじさんのおかげで今だけはそんな自分になれている気がして夢のようで嬉しかった。

私の好物は桃のゼリー。
普通の桃は家であんまり食べたことなかったし、
桃って言えば桃のゼリーだった。
あんまりおねだりしたらおじさんに怒られちゃうと思ったから、桃のゼリーと飲み物だけ買ってもらった。
それだけで満足だった。コンビニを出てから、おじさんと一緒に歩いてホテルまで向かった。
「私服でよかった」って、おじさんがポツリ。
なんだか安心しているようだった。
休みの日だったから私服で行ったけど、おじさんとメールでやりとりした時に「制服は絶対に着て来ないでね」と言ってたことを思い出した。
当時は学校や先生にバレて退学とかになっちゃうことを心配してくれてるのかなって思っていたけど、今ならおじさんが制服を嫌がった本当の意味がわかる。
未成年の女の子を買春する自分の身を守るためだったと。
おじさんが未成年に手を出すことを今でもしてるなら、
絶対にやめてほしい。
当時の自分には『やめよう!他にも方法があるんだよ。
信頼できる大人に相談して』って、言ってあげたい。
でも、その時はいなかった。
私は「わたし」しかいなかったんだ。
ただ、これがきっかけで「なにか」が狂っていったんだと思う。

ホテルに着いて部屋へ入る時に、おじさんが手を繋いできた。
「本当に処女?」って何度も聞いてきた。
私のことを処女かどうかをずっとおじさんは疑った。

覚えているのは、部屋に入ってからは桃のゼリー食べたこと、血が出て痛くて泣いたこと、泣いてる私をおじさんが慰めてくれて、手品を見せてくれたこと。
おじさんが電球を光らせる手品を見せてくれて、涙が滲んだ私の目には電球の光が四方八方から飛び込んできてキラキラしていた。

おじさんから受け取ったお金は2万円。
本当にもらっていいのかと戸惑いながらも大事に財布にしまった。

帰りは駅の近くのお店でチーズケーキをおじさんは買ってくれた。
兄弟がいること話したら「みんなで食べな」って、
おじさんは誰だか分からない人だったけど優しかった。

おじさんと別れてからは、買ってもらったチーズケーキをどうやって親に言えばいいんだろうって、それだけを考えながら家に帰った。
ギリギリまで悩んだ末、友達のお母さんからもらったことにして、家に帰り、すぐさまケーキを渡したら、みんなが喜んで食べてくれた。
いつもピリピリしてるお母さんの顔もその間はにこやかだった。
お腹は痛むけど、それ以上に家族が喜んでくれる姿を見て、心がほっとした。
もらったお金で友達と遊園地にも行けたし、兄弟たちにもおじさんが言っていたみたいに「好きなもの買っていいよ」って伝えて、ほしいものをプレゼントすることができて、兄弟は皆、目を輝かせて喜んでくれた。

あれから10年。
この時の嫌な記憶は手品をしたことばかり思い出すようにして、自分の中で記憶を消してしまった。
嫌な記憶に蓋をするのは自分を守るために大事だって思っている。
大人のことがよくわかっていなかった幼かった私は、そうするしか仕方なかったんだ。

当時のことやそれからの嫌な出来事を思い出す度に、自分に怒りしか沸かなくて自分を痛みつけたくなる。だからそうはならないように過去の嫌な出来事はその中であった1番良かった事だけ残して全て蓋をしてる。
でも癖がついてどんなこともそういう思考になってしまったかもしれない。自分が向き合わなきゃならないことも。

それでも蓋がある方がいいの。
自分を守るためのものだもん。
誰に何を言われたって大事。
私が「わたし」を保つためにものすごく大事な武器なんだよ。

でもね、
今はあの時と違って周りには困った時に話せる人たちがいる。
武器じゃないけど、これって私が「わたし」を守るために、
「大切ななにか」なのかもしれないね。

そう思って今、私は「わたし」を生きている。

あい / Ai
20代。東海地方出身。21歳でBONDプロジェクトを知り相談に繋がる。
KEN=写真 /photography by KEN 
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。 photo is an image. They are not related to the content of the text.

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