
“あのね、おはよう
だれかと見たくて、メールするね “
2026.3/17 竹下奈都子=取材・文 / interview & text by Natsuko Takeshita
写真 /photography by KEN
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。 photo is an image. They are not related to the content of the text.
のあの口癖は「大丈夫!」
健気そうに、自分に言い聞かせて、一人でどうにかして生きようとしているように感じた。
自分自身を救っているような言葉でもあり、
自分自身を苦しめてもいる言葉だ。
当然、一人で生きることはできなくて、耐えきれなくて、
自分の中で、いろんな人格の”仲間”を作り、助け合って生きてきた。
のあは、いつも「大丈夫!」と、
笑顔で私たちの手を振り解く。
でも、限界を超え、大丈夫じゃないときは、
死のうともするし、切実なSOSが届く時もある。
初めて会ったとき、のあはずっと固まっていて、
俯きぎみに、斜め横に顔を背けていた。
全く目も合わせてくれない。
おそらく、これが一番本当ののあだったのかもしれない。
頑張って一瞬目を合わせようとしてくれるときもあったが、それがすごく大変そうだった。
こちらが質問をして返答が返ってくるまでにも、すごく時間がかかった。
言葉を振り絞り、言いかけてはやめ、途中まで言ってはやめ、そんな時間が続いた。
目の前の私たちに、何を言ってよくて、どういう言葉で伝えたらいいのか、
そもそも自分がどういう状況で、何と言っていいのかが、全く分からなかったように感じた。
これって普通?言わないほうがいい?言ったほうがいい?言わなくていっか・・
言ったら変な人って思われる?
そもそも私、なにで困ってる?
困ってないか、、困ってないよね
今の状況変えたい?変えられないよ
そしたら相談しないほうがいいよね、しても意味ないもんね
でもつらい
けど、仕方ない
これまでも我慢できた、我慢できる、大丈夫
揺らぐ のあの気持ち。
最初に会って、少し時間があいた。
数ヶ月後、またのあに会ったとき、最初同一人物だと分からなかった。
服装も髪型もメイクも、雰囲気も顔付きも、全く違う。
のあも「はじめまして」という態度のため、余計に私もそう思ってしまった。
違う人格の子だったこともあり、そういった意味では「はじめまして」ではあったが、
2~3回ほど、そんな状態が続いた。
これまで、何人もの人格と助け合って生きてきた”のあ”を感じた瞬間でもあり、
それと同時に、私たちに対して、どういう自分でいればいいのか戸惑っている”のあ”を感じた時間でもあった。
その後、ある程度違うことはあっても、雰囲気や顔付きが少し定着してきた。
とはいっても、人格はころころ変わるため、起きたことの状況や気持ちの確認や整理をするための質問をしても、
こちらが意図する回答を得ることができず、よく分からないことも多かったが、
長い時間をかけて、のあの正体がようやく分かってきたように感じた。
点と点が繋がっていった。
のあの家庭には、様々な、たくさんの暴力があった。
過去に児童相談所に繋がった経緯もあり、自立援助ホームに入ることのできる19歳ギリギリまで説得し悩んでいたが、支援に繋がることを拒否し、パパ活をして大学の費用を自分で稼ぎ大学に通う選択をした。
bondのシェルターに入ることも選択しなかった。
寂しい気持ちや弟の学費を稼ぐために、パパ活をやめられないんじゃないかという不安な想いと、
弟が心配で実家に帰らないとという想い、
そして、親から離れたら、また自分のほうが親から見捨てられてしまうという不安な想いからだった。小さい頃、ゴミ袋に入れられて、ゴミ捨て場に捨てられた経験からだ。
”海”という人格の子からの返事だった。







































































