
“死にたい”という言葉でしか、
つながりを求められない状況に追い込まれている人たちもいる。”
2025.8/21 橘ジュン=取材・文 / interview & text by Jun Tachibana
KEN=写真 /photography by KEN
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。 photo is an image. They are not related to the content of the text.
白石隆浩死刑囚(34)は、2017年に神奈川県座間市のアパートで男女9人の命を奪った事件で、強盗殺人などの罪に問われ、死刑判決を受けていました。
弁護側が東京高等裁判所に控訴したものの、本人が取り下げたことで判決は確定。その後、2025年6月27日午前、東京拘置所において刑が執行されました。
この出来事は、SNSを通じたつながりの危うさや孤立する若者の現実など、多くの問いを社会に突きつけた事件でもあります。
今回、2021年1月に発刊された『VOICES vol.19』の記事を再編集し、改めて掲載することにしました。2025年6月の刑執行を受け、事件が私たちに残した課題をもう一度考える機会としたいと考えています。
記事には、事件の経緯や被害に関する記述が含まれています。心身の状態によっては負担になる可能性がありますので、読む際にはご無理のないようにお願いいたします。
そして、何よりも、被害に遭われた方々とそのご遺族に、深い敬意と哀悼の意を表します。
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「座間9人殺害事件」が残すもの
2017年10月、
神奈川県座間市のアパートで、男女9人の遺体が見つかった事件。
白石隆浩被告(30歳)は死にたい気持ちがあったとされる被害者たちをSNS上で言葉巧みに誘い出し、自宅へ連れ込み、性的暴行をしたうえ殺害した。
9月から23回にわたって開かれた裁判は11月26日に結審する。検察は「猟奇的かつ残虐な犯行。
9人の命を奪ったことは万死に値する」という表現で「死刑」を求刑。被告の弁護士は「被害者たちは自ら死を望み被告に会いに行ったもので、殺害を承諾していた」と主張したが、被告本人は「金銭や乱暴目的で9人を殺害した。承諾はなかった」と、述べていた。
そして12月15日、東京地裁立川支部は、強盗強制交殺人罪などに問われていた被告に求刑通り死刑判決を言い渡した。
判決が出る前、私は裁判を5回ほど傍聴した後、
どうしても本人から聞きたいことがあり、
白石被告に手紙を書いた。
——–初めまして。5回ほど裁判を傍聴しました。
私はフリーライターで、10代20代の生きづらさを抱えている女の子の支援をしている橘ジュンです。
活動拠点は渋谷と横浜にあります。女の子からの相談は全国から届き、LINE、メール、電話、面談などで話を聞いています。2006年、街を彷徨う居場所のない女の子たちに声をかけて取材をして、フリーペーパーVOICESを発刊しました。
ただ、街には深刻な問題を抱えていても、どこかに相談することが出来ずに途方に暮れて街に立ち、援助交際などを繰り返す女の子たちもいました。
中には望まない妊娠をしていても病院にも行けず、家出をしている子もいました。そうしたことから取材者という立場を越えて、2009年より支援することになりました。
手紙を読んでもらえるかわかりませんが、どうしても伝えたいことがあり、こうして手紙を書いています。
私の元には「死にたい、消えたい、寂しい、しんどい、居場所がない」という女の子から毎日、声が届きます。女の子たちの背景は様々で、家に問題のある子、学校でイジメを受けている子、彼氏からのDV被害、親からの虐待、知人からの性被害などで傷を抱えている子もいます。もちろんそういう子ばかりではなく、寂しいから誰かと話したかったという子もいます。
事件がニュースになった時「もしかしたら、あの子が被害に遭ったのではないか」と、不安になったことを昨日のことのように覚えています。心配していた女の子たちと連絡のやり取りができた時は安心しました。でも、同時に「私も10人目になりたかった」と話す子もいました。
その言葉の裏には、事件の恐ろしさを超えるほどの孤独や絶望があったのだと思います。
それでも私は彼女たちの声を聞いて、気持ちを教えてもらって、一緒に考えたいと思いました。
事件後、女の子たちから届いた声を紹介します。
※以下の声は事件後に実際に寄せられたものであり、背景には深刻な孤立や心身の傷つきがあることをご理解ください。
座間市の事件、私も10人目になっていたかもしれない。(16歳)
表面的にはふつうの子が、学校や親には言えない、つらい死にたいくらいの気持ちを SNSなどで呟けていたんだと思う。(25歳)
死にたいっていうほどつらい日々を送ってたら、危険から自分の身を守るって思考が薄れると思う。(23歳)
ネットでの繋がり全てを否定しないでほしい。そうするしかない背景や、そうしてでももがき苦しんで生きている人がいることをもっと知ってほしい。(25歳)
同じ死にたい気持ちの人とわかり合いたい、みたいな感じ。(19歳)
呟く瞬間に誰かに話を聞いてもらいたい。(21歳)
死にたい気持ちは消えない。誰も必要としてくれないから。私の事も殺してほしいと思った。(23歳)
吐き出す事でなんとか命を保っている人もいる。(28歳)
「死にたい」と呟いているからと言って、本心は死を望んでいるのではなく、
「誰かに助けてほしい」「誰でもいいから存在を認めてほしい」という思いからSNSに投稿している子もいるはずです。
弁護人は「この事件は希死念慮がすべての出発点だったということ。もしなければ、白石被告のところにはいかなかった」と言っていますが、どんなことを求めて女性たちは家に行ったのだと思いますか?
ツイッターのDMで数回やりとりをして、初対面の一人暮らしの部屋に入り、2人きりで薬を飲んだり、お酒を飲んだりしたという行動はどんなことを意味すると思いますか?
同じような行動をしている女の子に話を聞くと、初めて会った人だけど、嫌われたくなくて断れなかった、と、話す子もいます。日々支援をする中で、自分を大切にする感覚を育むことが難しいまま大人になった方も多く、その脆さにつけ込まれる構造があると感じています。
さらに弁護人は「死の結果に向かって進む、促進するアクセルはあるが、ブレーキとなる事情がまったくない」と言っています。私はそうは思いません。
逆にあなたという存在がブレーキになってくれるかもしれないと微かな期待をしていたのではないかと思うのです。
危険なことはあるかも知れないけど、あなたなら自分のことを共感してくれるかも、特別な存在として認めてくれるかも、恋愛関係に発展するかもと、考えたりしたのではないでしょうか。
異性を求めてしまう子に対して常日頃、同性の私が感じている壁でもあります。なぜ、異性じゃなきゃダメなの?と聞くと、カラダだったり求められていることがわかりやすいし、寂しい時に一緒にいてもらえるから、と話す子もいます。
あなたは裁判で度々「心の弱っていそうな女性を探したりしていた」と、話しています。
「死にたい、寂しい、疲れた」と、 呟いている人たちと積極的に繋がって、心が弱っていた状態の女の子たちが被害に遭ってしまったのですが、彼女たちならなぜ「会える」と、思ったのでしょうか。会って、部屋に連れ込むことを目的としていたことも話していますが、女の子たちに部屋まで来てもらうために、気をつけていたことなどありましたか?
例えば良い印象を与えるために言葉使いに気をつけたとか、途中で逃げないようにするために荷物を持ってあげた、とかあれば教えてほしい。
寂しい気持ちを抱いている女の子たちはそういう人を「優しい」と感じて警戒心が薄れた子もいたのではないかと思うからです。
かつて性風俗店へ女性を斡旋する「スカウト」の仕事をしていたという記事を読んだことがあります。私は街頭で気になった女の子を見つけたら声をかけて話を聞かせてもらっているのですが、声をかけようとしている子をスカウトの男性が先に声をかけてしまったという悔しい経験が何度かあります。
たぶん、「ニオイ」というか雰囲気から感じる「この子」と思う部分が同じなんだと思いました。
声をかけようと思ったところは同じ行為ですが、私は女の子たちを利用したいという気持ちはありません。知りたいなって思って声をかけて話を聞かせてもらいながら、抱えている悩みや問題を一緒に考えて少しでもラクになってくれたら嬉しいなと思っています。
話を聞かせてもらうだけではなく、支援が必要な場合はシェルターなどで保護したり、行政機関へ繋ぐなどもしてます。でも支援を拒む子もいるので女の子たちに嫌われないように適度な距離を保って関係を途切れさせないように気を付けています。
困っていても相談することを選べない、
選ばない子もいるので、日々悩みながらやっています。
現在、厚生労働省の自殺防止対策事業として「 SNSによる相談事業」をやらせてもらっています。
10代、20代のスタッフ中心にネット上に居場所を求める若年女性のアプローチとして「ネット上アウトリーチ」、気軽で早いレスポンスで会話が出来るようにとLINE相談の強化を図っています。
この取り組みは、座間市における事件の再発防止によるものです。
あなたの事件がきっかけでした。
「ネット上の繋がりからリアルな繋がりへ」を目指して行っているところです。日々、取り組んでいますが、今もネット上には危険な書き込みや、それに対して「今から会おう」と返信する大人が多くいます。
「殺してほしい」と、呟いている女の子に「殺してあげる」と返信する人もいます。会おうとしている人の中でも男性の場合は下心をむき出しにする人もいたり、隠してはいるけれど誘い出そうとする人もいます。助ける、協力するふりをして。
SNSでのやりとりでは、内容よりも、敬語ですぐに返信してくれる人に対して「良い人」「優しい人」と、思ってしまう子もいます。SNSではやりとりする際、どんなことを気にしていたかなどあれば教えてください。
そして書き込みに返信して、出会いを求めている大人たちに対してどんなことを思いますか?
このような事件を
二度と繰り返さないようにするために。
面会を希望します。
令和2年11月13日
橘ジュン
〔一部抜粋〕