“お父さん、やさしい時はやさしいんだよ
やさしい って、信じたい“
2023.12/1 植田 恵子=取材・文 / interview & text by Keiko Ueda
KEN=写真 /photography by KEN
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。photo is an image. They are not related to the content of the text.
また死ねなかった
おねがいがある わたしのこと撮って
きっと次はないから
生きているか、分からないから
撮って、なんかにつかって
2015年7月。
そんなメッセージがスマホに届いた。
短い文字の合間から、彼女のいつも以上に張り詰めた雰囲気が伝わってきた。
「明日、会える?」と返信し、翌日彼女と待ち合わせて、河原を散歩しながら話を聞いた。
片手にカメラを持って撮影をしながら。
夏、川からの涼しい風に吹かれ過ごす40代の私と、高校生の彼女は、傍目には平和な母子に見えただろうか。
あの日の緊張を、今も覚えている。
それまでにも何度も自殺未遂を重ねてきた彼女。
飛び降り、薬の過剰摂取、腕や太ももに刻まれた無数の切り傷。その週、2度も病院のICUに急性薬物中毒で運び込まれ、退院直後に送ってくれたメッセージだった。
***
出会った頃、彼女は中学生だった。
まだ幼い雰囲気を身にまとったちいさな子で、今思えばこちらに気を遣ってか、よくはしゃぐような笑顔を私たちに見せていた。
“ しってる?虐待の子って、栄養とかで背が伸びにくいことあるんだって。それじゃないかなぁと思うんだよね!わたし ”
顔を覗き込むようにして語る、人懐っこい女の子。
死にたい気持ちについて、bond project に相談を寄せている女の子のひとりだった。
私はテレビ番組のディレクターとしてbondを取材したことをきっかけに、当時、個人的にカメラを持ってbondに通っていた。彼女はそんな私にも、ポツリポツリと生い立ちを話してくれた。
彼女が、家で起きていることがおかしなことだと気づいたのは、中学生になったばかりの頃だった。
同級生の男子が好奇心と共に、性の話題で盛り上がっていた時のこと。私もそれやったことがある、と彼女が言うと、周りの空気が変わった。
わたしもそれ知ってる
やったことある、みたいな
そしたら、えー、みたいな
ひかれて
わたし、ちがうんだ、と思って
なんでだろ、みたいな
すごいなんか、普通じゃない、と思って
気持ちわるいとか思って、じぶんが
父親のなかで、それがあたりまえになってて
それをじぶんが拒否できないのも
気持ちわるいと思って
彼女は小学生の頃からずっと死にたい気持ちを抱えていた。父の行為の意味を知ってからは、さらに自分を傷つけることが増え、自殺未遂を繰り返した。
ただ死ねればよくて
だけどなんか、気づいてもらえなくて
病院の先生も、気づかないんだよね
悲しいけど、まあいいやと思って
胃潰瘍ができても、ストレスって言われて
病院に行くまでに、くすり吐いちゃって
原因がわからなかったみたい
気づかれたいけど 隠したいの
学校の先生に伝えてみたことはあるが、
嘘をついてはダメだよ、そんなこと言うあなたは好きじゃない、と言われ、諦めてしまった。
どうでもいい、死にたい、という気持ちと、
誰かに気づいてほしい、という気持ちに揺れる中で、bondに辿り着いたのだという。
当時、性的虐待の複雑な心情について詳しく知らなかった私は、混乱した。
家から逃げ出してほしいけど、彼女は自分の学校や住所は伝えようとはしない。生きていくのが苦しくて、それは明らかに家庭環境の影響なのに、「家からは出たくない」「ひとりにするとお父さんがかわいそう」と言う。
支援の枠組みに絡め取られないよう、近づこうとするとするりと逃げて、
大人たちとの距離を測っていた。
お父さん、やさしい時はやさしいんだよ
やさしい って、信じたい
会うと気持ちを語ってくれるけど、こちらが親しくなった気持ちで近づくと、スッと離れてしまい、会えないことも多かった。
生と死の大きな起伏の中で生き抜いている、その振れ幅に気づかないで近づこうとしても、彼女は渦の向こう側にいる。
2015年7月。
「また死ねなかった」「わたしを撮って」
というメッセージをくれた頃、何度目かの自殺未遂を機に、彼女は施設で暮らすようになっていた。
それでも施設の人に”そういう目”で見られたくなくて、家の中のことは「普通の虐待」としてしか話せないという。
その施設で、2度連続自殺を図った。
彼女が危うく命を落としかけているのを発見した施設の人たちは、生きてて良かったと泣いてくれた。
みんなね、生きててよかったよって
言ってくれて たくさん連絡くれてさ
私、前向き発言してんだけど嘘なんだわ
そんな嘘ばっかで偽りすぎて
もう生きたくないよ
本音で話してって言ってくれるの
でも死にたいとか
次は確実に死ぬなんて
言えないじゃない
どんどん自分の首絞めてくだけなんだよ
職員さんたちのせいじゃないの
感謝しているし
本音で話してって泣いてくれるの
でも嘘ばかりついて
何が言いたいのかもう分からないんだよ
おねがいがある わたしのこと撮って
きっと次はないから
生きているか、分からないから
撮って、なんかにつかって
会えたり、会えなかったり、
カメラを前に思いを語ってくれたり、
撮影を断られたり、連絡が途絶えたり、
ふと連絡が来たり。
私たちは当時、そんな関係だった。
会おうと思ってもなかなか会えないあの子。
「わたしを撮って」と連絡してくることは、これまでの彼女からは想像できないことで、私は緊張と共に返事を打った。
「会える日教えて、会おう」「明日、会う?」
まるで遺言を残そうとするかのような彼女に、
生きていてほしい。