2023-09-01

ひとりでいられなくて

“”家族”から離れたら、もっと寂しくなった。”家族がいても寂しかったのに。”家族”がいない気持ちになった。だから”家族”がほしいと思った。でもほしかったのは、
“家族”という名前よりも、その中身だった。

2023.9/1 竹下奈都子=取材・文 / interview & text by Natsuko Takeshita
KEN=写真 /photography by KEN 
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。 photo is an image. They are not related to the content of the text.

メール相談や電話相談はしたことがない。
突然、相談室に電話で「今から相談に行ってもいいですか?」と面談に来た。
行動力があった、あの子。 21歳。
しかしその後話を聞くと、彼女がbond projectを知ったのは19歳のとき。

短大の授業で、bondの活動VTRをみて知った。
保育士になりたいと思っていたが、授業を受けているうちに、自身が受けてきた「虐待」と向き合うことになる。”本当に限界になったら”相談しようと思っていた。

相談室に来たとき、切羽詰まっているはずだった。
それなのに、容姿をばっちり整え、表向きの表情をしっかり備え、頭を下げて挨拶をし、こちらを気遣い微笑んで言葉を交わす。
「相談に来たんだっけ?」と違和感を覚えるほどだったが、
席につき自身の話をし出した瞬間、彼女の顔つきと様子がころころと変化する。
彼女がこれまで抱えてきた生きづらさと、それを隠さざるを得ず必死に生き抜いてきたというか、見過ごされてきただろうそのギャップを一瞬にして感じた。

短大を卒業した頃、体調も悪く、生活にも困っていた。就職できるような体調ではなく、就職は諦めた。でも頼れる人はいなかった。知人の紹介で知り合った男性がいて、その人がいいように言ってくれ、その人の家に住むことになった。
しかし、ひどい束縛や暴言、暴力が始まった。それまでしていたアルバイトも辞めさせられ、ラウンジで働かされた。でも、ご飯も食べさせてくれて、旅行にも連れて行ってくれた。パスタの食べ方や自分の知らないことをたくさん教えてくれた。
だから全部ひっくるめて、自分のために教えてくれている、自分のためにしてくれていることなんだと思っていた。

ある日、ある事件のニュースを見ていると、「お前もこの人たちみたいに殺されちゃうかもね。」と、その男に言われ、はっとした。その人の出入りするラウンジと家とを往復する日々。
タイミングを見計らって逃げ出したが、1回目は見つかってしまいボコボコにされた。
2回目、どうにか逃げ出すことができたが、助けを求めた先から実家に引き取られることになってしまった。

状況を知った親から言われたのは
「そんな養ってくれる人、もったいない。」
という言葉だった。
その後実家から逃げ出し、bondに相談した。

たくさんいる兄妹の長女。
小さい頃から下の子のお世話をし、寝かしつけもしていた。親は夜遊びに出掛け、数日帰ってこないこともよくあり、冷蔵庫には南京錠がかかっていた。どうにかして下の子たちの食事を調達してこないといけず、いろんな所を漁ったり、弟が万引きをしたりしながら凌いでいた。とにかく下の子たちのことをどうにかしないといけないと、長女としての責任感で必死だった。
でも自分も大変だった。

長女の自分だけ、私立の高校に入学させられた。
親は外面はよく、外では「ちゃんとする」ことを求めた。でも自身の大変さや感情を隠しきれないときもあり、学校でリストカットをし何人もの先生に追いかけられる中、走って逃げたりもしていた。かといって何かの代表に選ばれ、大勢の人前で挨拶することもあった。
周りの子たちはみんなお金持ちの子で、高校もアルバイトが禁止。みんなでディズニーに行くことになったけど、お金がなかった。お金がないと言えなくて、みんなと一緒に行きたくて、賞金のもらえる芸能のオーディションに応募した。
オーディションの撮影で性被害に遭った。
誰にも言えず、自分の中にしまった。
どこか大変な姿を見せたからといって、兄妹も自分も“大変な子”のように見られるときはあっても、家族や自分にそれ以上介入してくれる人もおらず、外面の”ちゃんとしたところの子”として、何も変わることのないまま時が過ぎた。

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