“母に代わって彼女の心を満たす存在を、
彼女は見つけられるのか。”
2024.8/1 三宅玲子=文 / text by Reiko Miyake
KEN=写真 /photography by KEN
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。 photo is an image. They are not related to the content of the text.
どうしているだろうか。
彼女のあの表情の乏しい白い顔が頭によぎる。
冬のある明け方、彼女はアパートの玄関で流産した。居候していたホストの部屋。その朝、彼は不在だった。彼女は別の人との間に妊娠していた。妊娠SOS経由で救急搬送された病院に警察がやってきて、4時間の事情聴取を受けた。
<こんなひどいことをされるなんて>
事情聴取が終わったあと、病室から彼女はメッセージを送ってきた。心身に傷を負う悲しい出来事で、なぜ警察に取り締まられなくてはならないのか。彼女の言う通りだった。
彼女に与えられたこの問いを、
その日から私は繰り返し取材した。
宿題が解けるまで1年半かかった。
たどり着いた解、それは、
人工妊娠中絶を認めているこの国には、
一方で自己堕胎罪もあるということ。
ひとりの憲法学者に教えられた。
戦前には貴重な戦力を増やすために中絶は自己堕胎罪として認められていなかった、それが、戦後も残り続けていることの後ろには、女性の妊娠と出産を取り締まろうという国の意図が隠れているのだと憲法学者は語った。
祝福される健やかな妊娠期間を過ごさない女性は取り締まられる、それが目に見えないルールとして私たちを支配しているという。
彼女は未受診で住所不定だった。
裁かれる対象ではなく、
保護されなくてはならない人だったのに。
なんと歪んだルールだろう。
憲法学者はこうも言った。
「強い個人だけではなく、弱い個人を含めたあらゆる人の尊厳を守る、それが憲法24条2項。妊娠を誰にも相談できずに孤立した状況で流産、死産をした人を守らず、加罰するのは憲法違反です」。
妊娠を誰にも打ち明けられず、
病院に行くことをためらう。
そんな、誰にでも起こり得る場面で、たまたま流産した彼女は警察に取り締まられた。妊娠と出産をめぐる社会の不条理を彼女は身を以て教えてくれた。
だが、彼女とその後の関係を紡ぐことが私にはできなかった。
ラブホテルのホテル代が払えないと歌舞伎町から突然呼び出される。緊急避難先を用意しても、真夜中にいなくなる。
支援者につなごうとすると連絡がぷっつり途絶え、かと思えば、また突然「助けて」と連絡がくる。
つながったbond prjectとも関係は続かない。
連絡があるときはいつもお金に困っていて、
ほんとかなあと首を傾げるメッセージを受け取ることもあった。ひとつひとつのウソに気づかないふりをすることにも、限りがある。
他者と信頼関係を結ぶことをハナから放棄している彼女は、一方で、ごく薄い関係の私にさえお金の助けを求めなくてはならない。
どれほど孤立無援なのか。
人と知り合い、関係を築いていくということは、彼女にとって困難な作業なのだろうし、興味もなく、また、したくもないことなのかもしれない。
それでも、誰かと関係を紡ぐことからしか、彼女は泥の底から顔を出すことはできないように思えてならなかった。
だが、関係づくりのレッスンを始めるいとぐちを、
彼女はどうやって手にすることができるのか。