待ち合わせの場所に現れた彼女は、「久しぶり」と、照れたように笑った。
緊張をしながら、久々に顔を見れたのが嬉しくて、私はヘラヘラと笑った。
みどりの多いところ、好きなんだよね
気持ちよくない?
眩しい緑につつまれた川縁で、彼女はそう言いながら水面に向かって石を投げた。
今日は体調いいんだ
肝臓と腎臓よくないみたい、さすがに
やばいよね
私そのうち死ぬから、きっと
意図してなくて死にそう
父親に言われたんだ、先々週
お前は母親に似てるって
俺はお前を女として見てるって言われたの
ありえなくない?
終わってるなって思って
そっか、と思って
終わったな、わたし、って
しょうがない
あきらめがついている
そこまで言われたら、もう終わりでしょ
生きようと思わない、かなって
親がわたしを捨てるという解釈じゃなくて
わたしが親を捨てるという解釈で捨てられたらいい
その頃彼女は、同じ痛みを抱える同世代の子達と、自暴自棄な日々を過ごしていた。薬の過剰摂取や荒れた暮らしで、免疫が落ちて、すぐに熱を出すのだと教えてくれた。
なんか、死にたくなるような生き方を選んでいる感じがする、と私がつぶやくと、
あ、それはあるかも、と彼女は言った。
ー 何があればいいんだろう?
そう問いかける私に彼女は即答した。
守ってくれる大人が増えたらいいな
変な大人じゃなくて
理解ある人が増えたらいいな
施設の職員に、言えたんだ
それで離れていくような人じゃなかったよ
普通ひくでしょ?
結構ブラックな話じゃない?
そんなことない?
知識なかったり、知らなかったら
きもいってなるじゃん
うちの職員、そうじゃなかった
ー 死ぬかもって連絡くれた時、何を残してほしいと思ったの?
なんだろう。親がいて当たり前に普通に暮らしてたらさ、虐待とかってさ、そういう家庭もあるんだねぐらいにしか思わないじゃん。もっとあるのに。
結構すぐそこにあるし。自分の周りがそうだからかもしれないけど、虐待受けて育った子多い。それで自己肯定感低くて、援とかにまわる人も多い。
どうでもいい、体で金稼げるならって。
もっと身近にあるよって伝えてほしい。虐待が。
***
2023年。
今も時々、彼女は連絡をくれる。
揺れる日々を生き延びて、彼女は大人になった。
私は時々あの川縁の光景を思い出して、あの日の高校生の女の子に、あなたはちゃんと大人になるよ、その絶望の底から違う場所へと移るよと、伝えたくなる。
穏やかに過ごせる日もあれば、揺れる日もある。
でも、明日生きているか死んでいるか分からない状況だった10代を潜り抜け、
「また会おうね」と、明日を信じて約束ができることを、改めて奇跡のように思う。
時々、大人になってからの思いを聴かせてくれる。
過去を知らない人たちに囲まれて生きる彼女は、昔とは異なる心の痛みにさらされることがある。
「周りから見たら普通に生活しているように見えるけど、私はずっと引きずっているし気持ちの清算は済んでいなくて。
何年経っても、自分が悪いって思ってしまうね。
回復って何をもって回復なんだろうね。
まだそんなこと気にしているの、もっと楽に生きたらって言われたよ。何もなかった人と私はもう到底違う世界の生き物と思うしかない」
私は、あの日の彼女の映像を自分の手元に置いたまま、まだどこにも届けられず、伝えることができていない。
彼女の言葉に強くひかれ、伝えたいと思いながら、同時に、あの頃の強い揺らぎを伝えることで、
彼女の心が再び揺らいでしまうのではないかという不安も感じている。
複雑な揺れを複雑なままに受け止めて、
そのまま伝えることの難しさの前で立ち止まっている自分もいる。
「ねえ、私もう大人になったよ。いつか、ちゃんと完成させてよ」と、笑われながら、
時々彼女と昔撮影した映像の話をする。
「私がどれだけ普通になろうとして、今も全然振り回されたりして、それでもどうにか普通になろうと無かったことにしようと頑張って、できるだけ社会に溶け込もうとして、血反吐吐く思いで這いつくばってきたか、ちゃんと伝えてよ」
あの夏の川縁で、死ぬ覚悟の中であの子が絞り出した言葉の数々を、そして大人になって葛藤を抱えながらも生き抜いているあの子の言葉を、ちゃんと伝えていきたいと思う。
***
高校生の彼女の自殺未遂に涙を流し、性的虐待の話も聞き届けてくれた施設の職員には後日談がある。
数年後、妊婦となり職員と再会を果たしたあと、その男は「母乳飲ませて!」「やっぱり妊娠すると乳デカくなるね!」と彼女にメッセージを送ってきた。そういう人間に会うたびに、彼女は力を奪われ、過去に揺り戻され、結局頑張って生きてもそういう扱いなんだと絶望しそうになる。
誰かに性的に扱われるたびに、文字通り、這いつくばって生きようとする力を奪われそうになる。
「そういう目で見られる自分もキモいし胸も何もかも削ぎ落として生きていきたい気分だよ!」
本音を隠しながら、毎日を生き抜いている。
自分を責めないで、
そんな人たちに力を奪われないでね、と伝えたい。
葛藤しながらもがきながら、
それでも自分の生きる力を信じてほしい。
あなたの放つ光に私は心ひかれている。
取材・文 = 植田 恵子 / Keiko Ueda
映像ディレクター。フリーランスでテレビ番組の制作をしながら、生きづらさを抱えた女の子たちのリアルな声を伝える方法を模索中。
※写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません。 photo is an image. They are not related to the content of the text.